2011年SFアンソロジー「拡張幻想」を読んで
このアンソロジーの白眉は何と言っても下記です。
<すべての夢|果てる地で>
理山貞二(りやま・ていじ)著
これだけのためにこのアンソロジーを購入しても良いと、強くお薦めします。
下記、ネタバレは特に無いですが未読の方は「オーウェル効果」については読まないほうがいいかもです。
また、自分の想像が多分に含まれる内容ですのでその点は悪しからず。
登場人物について(元ネタ)
「ロジャー」と「ボブ」は分からなかった方も多いのでは?
- 館長
- 問いのアーサー
- 飛躍するロジャー
ロジャー・ペンローズ
※「量子脳理論に耽溺していることで知られていた」と「飛躍の」という記載にはクスっとしてしまいます。
- 不屈のスティーブン
スティーブン・ホーキング
※名前からスティーブン・ウルフラムかとも思ったが「量子物理学を専門分野とする」、「不屈の」という点でホーキングかと。
- 過程のボブ
メタ構文変数
ロバート・A・ハインライン
※コメントにて訂正いただきました。
- 解のアイザック
感想のような解説
量子コンピュータである<館長>に対し、
想像とはメモリ上に仮想を展開することではない。あなたが想像とみなしているプロセスは、実際にはヒルベルト空間上の他の場所、いわば別の時空を観測する行為なのです。
〜略〜、人間は脳神経の微小管によって、あなたは量子演算によって、実際に他の時空の観測を行なっているのです。
ヒルベルト空間は「完備な内積空間」で、量子系の状態は「複素ヒルベルト空間の単位ベクトル」によって表される。
そして「状態のヒルベルト空間の任意の単位ベクトルが物理的に実現可能な状態を記述することを要請しているわけではない」
ので、想像という実現不可能な状態を考える行為を、その時空を観察する行為と結びつけた、と考えられる。
(引用は下記、浅井朝雄さんの本より)
「微小管による量子演算」については、ロジャー・ペンローズの考える量子脳理論がオリジナルです。
微小管はシナプスを形成するタンパク質で、チューブリンが複数結合し円柱のようになったものです。
それらが一種のセル・オートマトンのように働き、脳の中で量子状態のデコヒーレンスが起きてそれが意識を生み出している、というのが量子脳理論のアイディアです。
(面白いのは、ベンジャミン・リベットの「自由意志の問題」をこの微小管によるデコヒーレンスに必要な時間であると推論している点です。)
Fig.1 チューブリンのコヒーレンス状態と、前意識状態の経過*1
Fig.2 セル・オートマトンの振る舞い(ルール30様の振る舞い)*2
※ルール30柄の貝がいるということも驚きで、またセル・オートマトンの研究はスティーブン・ウルフラムが行なっていました。
「オーウェル効果」も、SF好きにはたまらない設定です。
十分に多数の人間が同じものを想像すると、それはヒルベルト空間上での射影となり、時空の一点の量子状態が確定する。
その結果、量子テレポーテーションによって、量子もつれの関係にある観測者側の時空も確定する。観測手段が想像である場合は、エネルギー収支がゼロという条件が追加されるために、想像された時空と観測者の時空は、量子ベクトルで表せば直行する状態になる。
すなわち観測者側では、自分たちが想像した未来が生じない方向に進む量子状態ー別の未来が確定してしまうのだ。
ブラケット記法による量子方程式のアイディア(解釈)、プロトサイエンス的な内容も胡散臭くなく読み物としても完成しており、とにかく著者が「出し惜しみなく詰め込みました」と言っただけあり、オールタイム・ベスト5に入る作品でした。
素晴らしい体験を、どうもありがとうございました。
※ありがたいことに、理山貞二さんよりTwitterでコメントいただきました。
お目汚しかと思いますが、見ていただきありがとうございます。