『カオスの紡ぐ夢の中で』を読んで
選んだ経緯
円城塔さんが好きで作家の読書道 第101回:円城塔さん - 作家の読書道を読み、学生時代の指導教官が東京大学教授の金子邦彦さんということを知り、この本を手に取りました。
感想
この本のあちこちに、円城塔さんが影響を受けたであろう思想の一端が垣間見えました。
内容としては、複雑系にまつわるエッセイが全部で100ページ、小説100ページです。
自分の気に入った章は以下です。
- 一九八一年のパーソナルカオス
金子さんの学生時代からの研究への動機が書かれています。
当時のパソコンがもう使われなくなって片隅に追いやられていた。思わず、その画面からカオスのうごめきが見えてくるような錯覚に捕らわれた。
上記文章からは、思いが溢れ出てくるようです。
- 複雑さとは何かをめぐって
複雑さと圧縮可能性、無限の知性と有限の知性、のくだりはとても含みのある部分です。
- 複雑さから単純さへの進化?
単純なものから複雑なものへ進化するのが当たり前と考えていて、しかしながら人の知性の歴史には当てはまらないなと思っていた自分は、下記の文章を読み溜飲がくだりました。
人の思想は、初期ギリシアの哲学、インドのブッダ、中国の春秋時代あたりで可能性を出しつくして、あとはその中のいくつかを精密化し安定させ、広めていっているだけのように見える。
- 「系」(システム)って何?
物質のマクロな理解に用いられる「熱力学」が糸口になり、ミクロな視点の「量子力学」が発展した。
しかしながら脳機能の理解では、ミクロな視点の「シナプスの可塑性理論」が先行しており、マクロな理解の「心理学」と結びつけることを研究者ヘッブが提唱しているそうである(発刊当時は先駆けだったのでしょう)。
この文章では「デカルト的な演繹法」と「帰納法」という二元論に似たことが書かれているのかと初め思ったのですが、方法論というよりは視野の取り方についての記述ですね。自戒。
- 小説 進物史観
円城塔さんの名前の由来が分かる作品。
複雑系・進化アルゴリズム・小説と読者の相互作用など、面白いアイディアがこれでもかと詰め込まれており、とても楽しめました。
物理・生物学者であるにもかかわらず、この小説の完成度が素晴らしく、著者の力量に驚かされます。
- バーチャル・インタビュー
下記の文章を読んだ自分は、科学の言葉で"どうやって”を超えた、"なぜ”という問いに答えられるようになるのではないかと考えています。
各細胞の代謝反応の中小モデルをつくりシミュレーションを行って、今度は異なる種類の細胞が生成され、そのうちどの細胞の種類がどの種類のものになるかという『分化』の規則が見出されたとします。そうすると反応のレベルの規則とは違う一つ上の細胞のレベルでの論理ができたので創発とも見えます。〜略〜一つ上のレベル、たとえば細胞の発展の規則が、下のレベル、たとえば化学反応から決定不能になる例を作ることでしょうかね。〜略〜可能であることは、最終的にはゲーデルの不完全性定理が保証していると思います。
また、重力理論と相対論的量子力学もこういった「部分と全体」の双方向の理解によるシステム体系の解明から、統一理論が生まれるのではないでしょうか。
(舞台は複素多様体とホモロジーとゲージ場、などでしょうか。)
*1:Mitchell, M. (2006). Complex systems: Network thinking. Artificial Intelligence, 170(18), 1194–1212. doi:10.1016/j.artint.2006.10.002